スタッフ紹介

自律神経整体スペシャリスト施術スタッフ

自律神経整体スペシャリスト施術スタッフ

名前
山口航大(やまぐちこうだい)
出身地
鹿児島県
趣味
バスケットボール 旅行 お笑い
資格
日本自律神経整体協会認定資格

幼少時代から青春時代

幼少時代から青春時代

鹿児島県の吉田町という山の方で生まれ、山育ちならではの木に登ったり昆虫採集に出かけたり、川遊びなど自然の中で遊んでいました。
その頃の僕は好奇心が旺盛で気になったものはなんでも触ったりしていました。

そのせいで怪我ばかりして親に心配ばかりかけていました(笑)
それから小学4年生の時に鹿児島から神戸に引っ越しました。

そして中学生になりバスケットボール部に所属し厳しい指導の元で3年間を過ごしました。
決してとても上手いわけではないですが、この頃の僕はバスケットボール選手になれると思っていました(笑)

高校時代もバスケットボールの日々に明け暮れました。
高校生現役最後の大会の少し前に足首を怪我してしまいました。

自分ではもう試合には間に合わないなと落ち込んでいました。
整形外科の先生にも厳しいかもね・・・と言われかなり落ち込みました。

しかし、スポーツ障害専門の整形外科に行き、そこにいたスポーツトレーナーの方に「大丈夫!頑張れば試合に間に合うよ!」と言われました。
半信半疑でしたが、的確な施術と丁寧なリハビリを続けているとみるみるうちに動くようになり

全然痛くない!!

びっくりするくらい早く回復していきました。
この時に出会ったスポーツトレーナーの方のおかげで現役最後の大会にも無事に出る事ができました。

それから、僕もこんな風に身体面だけでなく精神面にも何かできればと思いスポーツトレーナーの専門学校に進学し、解剖学・生理学・栄養学・テーピングやトレーニング、ストレッチなどの知識を学びました。

転機

僕が専門学校を卒業する少し前ぐらいの時に母親が元々ヘルニアを持っていて、それがまた発症し苦しんでいたからなのか自律神経失調症にもなり、辛い思いをしているのを近くで見ているのに何もできないのがとても悔しくてなんとかしてあげたい!と思い、母も治せて母のようにお身体のことで苦しんでいる方を一人でも多く治したい!と強く思い施術家になる決意をしました。

現在

現在

卒業後は治療家として整骨院で勤務し疲労回復協会で整体の技術・知識を深めました。
それと並行して僕が所属している社会人バスケットボールチームで現役で選手しながらトレーナー活動をして選手のケガの処置・体のケア・トレーニング指導を行っています。そして、より高い整体技術と専門的な分野を学びたいと思い自律神経協会の講座に参加し自律神経整体を学び、認定資格を取得し更にその上のレベルのキヅキヒーリングヒーラーの認定資格も取得しました。
その後は自律神経協会でより高い技術を学び、現在は自律神経失調症・パニック障害・メニエール病の方を中心に慢性疾患(肩こり・腰痛・冷え性)などの様々な方の治療をしています。

趣味

【バスケットボール】

中学から専門学校、現在もクラブチームに所属し現役で選手としてプレーをしながらトレーナーとしてテーピングやトレーニング・ケアを行っています。ポジションはオールラウンドです。

【旅行】

時間があれば1人でも旅行に行っては新たな発見をしています。
一眼レフを持っているので風景や動物・人物などを写真で収めたりしています。(水族館・動物園やプラネタリウムを見に行くのも好きです。)
オススメの場所など気になる方はなな整体院に来た際に聞いてください♪

【お笑い】

お笑いが中学時代から好きで劇場に実際に見に行ったことがあるほどです(笑)1日に1回は必ずYoutubeでいろんな芸人の動画を見ています。
なので月の半分もいっていないうちに通信制限にかかることがほとんどです・・・(笑)

妊活整体師 三枝 稚奈

妊活整体師 三枝 稚奈

出身地
兵庫県尼崎市
趣味
旅行・映画&テレビ観賞・カラオケ・寝ること
血液型
B型
資格
日本妊活協会子宝整体師 アロマテラピー検定1級
好きなこと
身体を動かすこと・食べること・服

幼少期から中学時代

私は小さい頃から身体を動かすことが好きで、よく近所の公園で走ったり、鉄棒をしたり、自転車で走り回ったり、人と話すことも好きだったので毎日のように近所の友達と遊びに出かけるような活発なこどもでした。そのせいかケガも多かった気がします。

小学4年生からダンスを始め、特に走る事や跳ぶことが好きだったので中学では陸上部に入りました。

毎日の練習のせいか、腰が痛くなることが多く、部活仲間と近所の整骨院に通い始めました。

スパイクで走ったり、踏み込んだりすることで捻挫も沢山しましたし、何度も足を痛めたのを覚えています。毎日のように整骨院に通いましたが、全然治らず「元々の腰痛持ちだね~」と整骨院の先生に言われ、中学時代の純粋な私はそれなら腰が痛くてもしょうがないと思っていました。

それでも友達と話しながら施術を受けたり、整骨院の先生とのお話が楽しかったので、通う事も苦痛ではなかったことを覚えています。

挫折

中学3年生から軽度の起立性調節障害になり、毎日身体のだるさを感じ、夜は寝たくても眠れず、朝は目覚めが悪く、起きれば頭痛がして午前中に動くということができなくなり、遅刻や欠席をするようになりました。

高校生になると何事もなかったかのように普通の生活が出来る様になりましたが、また2年生の途中から症状を感じるようになり、当時の私はその症状が病気だなんて一切思っていなかったので調べることもせず、「自分は朝に起きれないし、気合が足りないんだ。みんなと同じ生活ができないダメな人間だ。」と思い込んでいました。

それでも親の為にも中退はしたくない!と思い、欠席や遅刻をする日もありましたが、単位や出席日数を落とすことはなく、無事に卒業することが出来ました。

高校卒業後は就職をするつもりでしたが、他にも色々な経験をしたい、人と関わる仕事がしたい、誰かのためになる仕事がしたい、身体に関わる仕事に就きたいと思い、鍼灸の専門学校に進学することを決めました。

専門学校に進学すると、また症状は治まり普通に学校に通えるようになりましたが、学費を稼ぐためにアルバイトを掛け持ちしていたこともあり、夜遅くに帰っては朝から学校に行き、学校が終わればアルバイトに行きという生活を続けているうちに、気が付けば以前よりも症状がひどくなり、更には貧血や立ちくらみまで感じ、自律神経の乱れも感じるようになりました。

そのうち学校に通うことが出来なくなり、自分は本当にこの仕事に就きたいのだろうか…と悩み、休学をすることを決めます。

転機

そのまま就職をして、したいことを経験しないまま年を重ねてしまうときっと後悔してしまうと思い、開き直ったことで、好きなことや経験してみたかったこと、興味のあった仕事を自由にしているうちに、気が付けば症状が出ることがなくなったのです!!

ストレスは気付かないうちに溜まってしまうということと、ストレスがこんなにも身体に影響を与えるということを身をもって体感しました。

休学の期間に興味のあった仕事を後悔しないように色々してみましたが、この仕事を一生の仕事にしたいか、と考えた時にやはりその仕事ではなく、「私はやっぱり身体に関わる仕事がしたい!!!」と改めて思えたのです。

その中でも自分はどんなことがしたいのかを考えていると、小さい頃に身の回りの大人たちにマッサージをして喜んでもらえたことがすごく嬉しかったことをふと思い出したのです。

祖父母や両親はもちろん、親戚や両親の友達がお家に遊びに来るたびにマッサージをし「上手やね~気持ちいいよ。ありがとう。」とありがとうと言われることが嬉しく、自らすすんでしていました。そのこともあり、だれかの役に立つことをしたいと強く思ったのです。

すべてを解消することが出来た上に、気持ちの持ち方や改めて身体の大切さを学ぶことが出来、本当に自分のしたかったことを見つけることが出来たので今では自分にとってすべてすごく必要な期間だったと思っています。

そして、今ではRinato鍼灸整骨院に出会い、自分で回復できる身体作りのお手伝いが出来ていることを嬉しく感じています。

ただただ、毎日のように整骨院に通い、電気をあて、マッサージを受けるだけでは10代前半の若い体でも症状が良くならない事、溜め込むことで体調を崩し、症状が出ることを身をもって実感し、溜め込んでいることを簡単には吐き出せないということや、少しの積み重なりでも症状に繋がるということが分かる私だからこそ、皆様のはけ口になり、関わった全ての人に少しでも心も体も楽になってもらえるように日々勉強に励み、皆様の助けになれるよう頑張っていきます!